プロフィール第一章 幼少期~小学生

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甲子園Believer」管理人のヒデです。

 

 

私は、プロ野球のホームチームのない田舎町に生まれました。

 

父親が草野球チームのオーナーだったこともあり、

野球に近い環境で育ちました。

そして実家は自営業だったので、幼いころは

親とよく野球をして遊んでいた記憶があります。

幼い自分にとって父親は、すっっっごく野球がうまい人

だと思っていました。

(これに関する話は後ほど…)

 

 

そんな環境で育ちましたので、

小学校2年から地元の少年野球チームに入りました。

 

そのチームはそれほど強いチームではありませんでしたが、

昔から地域密着で 活動している歴史のあるチームでした。

監督は創立当初から指揮を執っている方なんですが、

簡単に言うと頑固ジジィです。

愛のムチ(今でいうとパワハラですね)は当たり前、

自分の言うとおりに動かないと罵倒される、

地元の権力者の息子だけチヤホヤする…。

 

 

今まで野球が楽しいと思ってましたが、

このチームに入って一気に野球が嫌いになりました(笑)

 

 

その状況のなかで参加した合宿なんて最悪でした。

洗脳セミナーみたいな感じで、監督の自論を徹底的に

叩き込まれましたね。

近所の公民館に数日間泊まってたんですが、

当時のトラウマで今でもあそこに行くとテンション下がります。

 

 

そんなチームでしたが、忘れられないプレーがあります。

その日私は、先輩の試合の応援をしていました。

試合の中で、チームの選手がフォアボールか何かで

1塁に出塁しました。

ここで監督は代走を送りました。

その代走は、陸上の短距離走の市大会で

優勝したこともある俊足の選手です。

監督からは盗塁のサインが出て、

ピッチャーの投球と同時にスタートしました!

流石と言えるような圧倒的なスピードで2塁に到着します。

が、止まりきれずオーバーラン(笑)

そしてキャッチャーからの送球で、タッチアウト…。

この選手、止まりきれずに

2塁を駆け抜けちゃったんですよね~。

というかスライディングができなかったんです。

(スライディングを知らなかったのかも・・・)

これにはほんとびっくりしましたが、

今でも脳裏に焼き付いているプレーの一つです。

 

 

そんなチームを私は1年で辞めました…。

 

それからは親とキャッチボールをしたり、

友達と近所の空き地で野球をやって遊んでました。

 

 

私が初めてプロ野球を観戦したのもこの頃です。

親の友人たちと東京ドームに行き、巨人戦を観戦しました。

今まではテレビでしか見たことがなかった

プロの野球を初観戦し、かなり興奮した記憶があります。

生の応援の迫力には圧倒されました。

試合内容は記憶してませんが、

一緒に行った親の友人が、テンション上がって

大騒ぎしていたのは覚えています(笑)

 

 

そして野球好きな少年は地元の公立中学校に進学し、

野球部に入部します。

 

 

つづく(第二章へ)

 

 

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